昭和43年6月30日 祈願祭●●●★■
梅雨の雨のこうした、煙るようなお湿りの中に、ただ今、悪疫予防、同時に交通安全大祈願祭と銘打ってのお祭りが、滞りなく仕え終わらせて頂きました。私は今日、今日はもう準備も万全に早くできておりましたから、今日はあの、時間励行でおかげを頂けたんですけれども。今日のお祭りだけはね、今日のお祭りだけはあの、できるだけ待たせて頂こう、と私が。今日のお祭りだけはできるだけ、時間励行でできなかった人達の為にも、ね、お祭りを始めから頂いてもらおう。また、お払いも受けて頂こうと。と言うので、25分程延びました。ね。
私は、それはなぜそういうことになるかと言うと。天地の親神様がね、金光大神を通して「どうぞ難儀な氏子を取次ぎ助けてやってくれ」とこう言うておられる。ね。どういう事の中から助けられるかと言うと。ね。
今日は取り分けて、ね、私どもにはもうどうにもできないこと。もうどんなにこれは、用心に用心をいたしましても。ね。用心だけではいけないこと。ね。例えば、不意の災難、ね、天変地変。または、どこでどういう悪疫に侵されるやら分からないのが、私ども生身を持っておる者の、これが実相なのです。これが本当の姿なのです。ね。
ですから、金光大神が、天地の親神様からお受けになられておる、「どうぞ金光大神、助けてやってくれ」とこう言うておられる、私そのお心。その心を汲ませて頂くと、今日のお祭りには、どうでも皆さんがお参りして頂きたい。よしできんなら、あのはらえつものを、もちろん出しておられましょうけれども、お参りしようと思うけれども、けれども、途中で何かで遅れたとか、事情があって、遅れて一生懸命走って来ておる方達の為に、ちょうど時間励行はなくてもかまわんよ。と言うて始めから申しましたことでした。それは、金光大神の神情。または、天地の親神様のお心と言うものを、重ん図ってのことなんだ。ね。そこにあの、私は親心を感じます。
もう夏の、皆さんご承知でない方もございましょう。夏の修行が50日間、16日からあっております。取り分け、1時の御祈念後、皆さんがまだ、暑い中にというほどしでもございませんけれども。これから、おいおい暑うなってまいりましょう。その暑い最中の修行でございますから、もう一番暑い時間を選ってから、修行さしてもらうはと。というので、1時から御祈念を、もうここに、もうそれこそ、12時過ぎますと、もう皆詰めかけてまいります。
もうそれこそもう、心、腹の中にある限りのね、声を出して、もうそれこそお広前がゆらゆらするような勢いで皆さんがね、大祓いを奏上されます。それは20分くらいしかかかりません。そして、御理解を4、5分間頂きますから、もう30分間かかりますと終わります。
それをこの50日間、これはもう全教的にです、もうどこの教会でも行われておるところの、夏季修行がそうして始められておりますから、そういう修行を皆さんもどうでも参加して。ね。
先程、ここで若先生が、私にマイクを付けてえらい事を言うておりましたですね。ここにはどうでも助け、助か、助けにゃならん、助かる。そういうシステムがある。と言っておりました。「えらいこと言いよるね」と言うてまあ言うたことですけれども。事実なんですそれは。ね。本当なんですよ。ね。そういう仕組みになってるんです。ね。
金光大神も天地の親神様から、ね、金光大神も天地の親神様から、ね、その方のような実意丁寧の氏子が。ね。金光大神のような実意丁寧なさる氏子が。ね。取次ぎ助けてやってくるなら、皆が助かるのだ。難儀な氏子が。「取次ぎ助けてやってくれんか」と。と言うて、お頼みを受けられてそれを承れたのが金光大神なのです。
これは、私もでございますけども、私、始めから、この取次ぎなんか、お取次ぎなんかって考えもしなかった。金光様の先生なんて事ももちろん、もう夢思わなかった。うん。ね。ですけれども、私の、だんだん修行時代に、だんだん有り難いものを自分に頂けてくるようになり、ああいう難儀の中にでもです、どこから湧いてくるか分からん元気な心と、有り難いものがいっぱいでした。
その時分の事を、もう亡くなられました久保山先生がね、付いて回っておられました。今の委員長なんかもそうでしたが。ね。「大坪さん、ほんなこてあなた、今こげん苦しか、こういう実、家庭の事情様々にあってですたいね。そして、食べるもんも食べられん、着るもんも着られないというような状態の中にあって、ほんとにそげん涙の出るごと有り難かですか」ち。問われるくらいに、私の心の中には、もう有り難いものがですね、溢れておりました。もう暑いもなからなければ寒いもなかった。そういう時代なんです。ね。
そしてだんだん、私の話を聞いて皆さんが助かって下さるようになり。もう朝から続けて来るようになり。もう一日中お話をしとかなければならんというような状態になってまいりました。ね。
そういうある日にです、御祈念に出らせて頂きましたら、ね、これは筒井の方でございましたが、郵便局に勤めておられる、(?)のおばあちゃんなんかようく知っておられる方でした。
1週間難産でですね、もう、それこそ死ぬか生きるかというような状態だった。ね。椛目の金光様がえらい(はっこうしてござれるけん、?)ち言うてからその、まあ、まだ休んでおりました。表の戸叩かれますから起きると、その方が見えておられました。その方のお母さんになる方です。つゆですか。そうそう、久富まさきさん達の遠い親戚にもなる方なんです。その方が参って来ておりました。それで実はこんな訳だ。ね。
そしたらね、私はその事を神様へ、すぐお取次ぎさして頂きましたら、●木の葉がね、はらはらっと、こう散るところを頂くんですよ。(あんた?)これはもうダメだと私は思たんです。ね。それでもせっかく「椛目の金光様」と言うて向こうてきておりますから、ね、私はまた改めて、それこそまた改めて意義をとらして、お願いをさして頂きました。
そしたらね、その、●はらはらと落ちかかっておったですね、その木の葉が、ここまで落ちたやつが、上さにずーっと上がって、またここへ元に付いた。ね。そしてこれからは、ね、これからは、例え、身が腐って行くような病人でも、ね、お前、大坪総一郎の信心取次ぎによって、神が助けてやる、と私に約束されたんです。もうほんとにそれは、それこそ、がむしゃらなお取次ぎでしたね、ですから助かる。神様は約束して下さった。ね。
ですから、私と神様の中にです、ね、金光大神と天地の親神様の中に、そういう約束が交わされておるように、私と神様の中にも、やはりそういう約束が交わされておるんだ。だから、助けて下さらんならばです。ね。助けて下さらんならば、どういうわけですか、と言うて、まあいうなら、ねじ込んでもよいことになってくるのです。ね。
ところが影はやってる。影は渡しておると言われてもです。ね。「受け物が悪ければおかげが漏れるぞ」とおっしゃるのですから、合楽ではここ18年間、ね、受け物を完璧な物とは言えん、できなくてもです、その、たとえ、ささいでもいいから、受け物を作ることに精進さして頂いてまいりました。
そういう心の状態じゃいけん。そういう不信心な事じゃつまらん。そういう修行じゃいけんと。と言うて、まあ、その受け物がね、本気でそういう受け物を作ろう。そういう事になろう、とこちらがそういう態度を示せば、もう神様はね、できたものとしておかげ。「完璧でないからおかげはやらん」とおっしゃることはない。ね。
その中にです、やはり、一心の真を打ち立てての信心ということが言われますんです。ね。その一心の真、言葉には易いですね。もう金光教のこの教典をひも解きますと、もう「一心」とか「真」とかいうことは、もうあらゆる所へ出てまいります。
すいません。東さん、そこのあなたの障子をお閉め下さいませんか。東さん、あそこの障子、あなたのとこの障子だけ、こう閉めて下さらんか。ここが見えて、はい。
それからあの、向こうの方も閉めて下さい。そこのどうぞ見えるとこ。
お話が漏ってからおかげが漏るといけません。おかげが漏るだけならいいですけれどもね、その漏った所から、間風が入るとおっしゃる。「はあ、おかげを落とした」おかげを落としただけならよいけれども、ね、落とした所から、例えば、この障子の紙が破れ、破れたそっからおかげが漏る。漏るだけならよいが、そこから間風が入って来る。ね。
そうすると、自分で、いうならば、どうでございますかね。自分で、ね、自分で墓穴を掘るようになります。ね。医者が「あんたもうダメばい。あんたもう安静にしとかないかんばい」と言われたら、もう帰りがけにはちゃんと、ほんな病人になってしもちゃある。もうこれは既に、自分で墓穴を掘ってるんです。ね。掘って行きよるんです。ね。(しんすらどんする。?)ね。
もう自分から、もう(おころさんを?)になって行きよる。ね。そういう心の状態では、おかげは受けられません。ですから、日頃しっかり信心の稽古をさしてもらい、いや、本気で修行さして頂いておりますとですだよね。おかげが頂けれる。
ちょうど先程、若先生が言うておられましたように、今日の大祓い受けてから、これで1年おかげを受けられるぞと。心の中に、もりもり確信が湧いて来たら、もうあなたは大丈夫だと。といったような意味の事をいておりましたね。これが、修行をもってそれを受け止めなければ、それが受け止められんのです。ね。
そこで、例えば、その夏の修行のような、特別に日を切っての教団あげての修行、といったような修行に参加さしてもろうて。これはもう、こうれはもう皆さんがね、一人残らず申します。私は月次祭たんびんにね「50日あるけれど、1日でも2日でんよか。家族のもんがもう、移り変わりようてから、ね、1日でも2日でもよいから、この御祈念に参加しなさい」ということ、私が勧めるんです。だから、まあ、毎日お参りができんでも出て参って来る。参って来る人が必ず言う事です。ね。
「ここに参りましてから、あの大祓が全館に、もう割れるようにして、大祓があげられておる。そして、皆さんの一生懸命の姿を見たら途端にね、感激して、ね、涙が流れて大祓があげられんござった」ということ皆言いますよ。それはどういうことなんでしょう。ね。もうそれこそが「純粋な真」なのです。ね。そういう真が頂けれる一瞬なのです。
ですから、そういう真をです、ね、私どもが日頃の心行により、信心の稽古により、修行によってです、その、そういうふうにして生まれた、いわば、感激と言うか感動と言うか。その真と言うもの。何にも考えない、一心不乱に祈っておる。そこから生まれて来る喜びをね、育てて行くということが信心なのです。だから真ということを知らない。信心の感激感動と言うものを知らないと言う人はです、どうでもやはり、あの1時の御祈念のようなスタイルの御祈念ですね。ね。
朝は私の4時の御祈念があります。これもうそれとは反対に、もう、静と動の対象的です。4時の御祈念に、まだここに御簾(みす)が下がっております。私は、御簾の中で一人で約1時間御祈念さしてもらいます。もう、それこそ咳ばらいもないくらいです。ね。それがまた、有り難いと言うて、皆さんが言われる。そういう中にね、お互いの心の中にある、真が出て来るのです。そういう状態であれば、お互いがおかげを受けられるのです。ね。
後で昼の御祈念に、もう汗ぼろぼろになっておられますからね。御理解なんかはもう、とても頂けないだろうと思います、ましたから、まず、御神誡12ヶ条、それを毎日一詞ずつ読むようにいたしました。順序を追うて読んでます。12ヶ条。それが終わりましたから、御神訓にただ今移りました。一口の御教えです。ね。
「天の恩を知りて、地の恩を知らぬこと」と言ったように簡単な御教え。その御教えに対するところの、いわば、御理解を一口説かせて頂くのが、今毎日、あの塗板に掲示されておるのがそれでございます。
もうこれに私も、有り難いやら驚くやらでございますけれどもね。もう今まで、これほど、この183節の御理解、神訓、神誡の、これだけです、金光様の教典と言うのは。もうその教典を、例えば18年間説きに説き明かしに明かして来たはずですけれどもです。もうまた、新たな角度からね「これはこういう意味なのだ」と言うて、一口教えて頂く。それがまたたまらん。そういう有り難さと、それから、その雰囲気から醸されるところの有り難さとを頂きながら、楽しんで皆さんが信心の修行をしております。ね。
50日間日を切っての事ですから。ね。本気でやろうと思やできんことはないですし。ね。福岡の方達は、皆朝の御祈念に出てまいります。4時の御祈念に。そして、御祈念を頂いてから、また昼には、もう12時過ぎにはやって来ております。毎日です。しかも秋永先生なんかは家族でやっとり、来ております。ね。そらもうほんなこて、自動車代だけでんたいしたこっちゃろうて。そらたいしたことですけれども、頂くおかげはそのくらいの事じゃなかですもん。ね。
ですからね、信心とはそういうような、今日もそういう意味でね、私、御理解を頂こうと思ったんですけれども、何にも頂かないです。今日は。ね。ですから、私はね、今日は十何日目になりますかね。だから今日も、神ながらにこうして開かせて頂いたところから、いつも頂くんです。ですから、御神訓を先に頂くんじゃなくて、私は御神訓じゃない、御理解の方先に頂くんです。だから今日は、どういう御神訓か分からん。御理解もどげんか分からん。
昨日は、神訓のどこでしたかね。「疑いを放れて・・・」でしたか。「疑いを放れて、広き真の大道を開き見よ、わが身は神徳の中に生かされてある」今日はだから、その3節のところの「生きても死にても天と地はわが住みかと思えよ」というところを今日は頂くはずになっとりましたから、ここんところを頂きます。ね。「生きても死にても天と地はわが住みかと思えよ」と。
これは、理屈を聞いてまいりますと、確かに天と地はね。例え地獄だ極楽だと言うても、ね、天地より他に行く所はないのだと。と説いてあるのですよ。生きても死んでも天と地はわが住みかと思えよと。ね。
私どもの長女が、まだ中学校の時分でした。近所の方と一緒に海水浴に行ったんです。ところが晩の10時になっても帰りません。そこで家内がぼちぼち心配し出しましてね。私もそれ聞いてから不安でないわけはないですよね。もうその、年は、特に水害水難のいろいろあっておりました新聞記事が、毎日のように出ておった時分でございましたから。ね。
それから、御神前に出てお願いさして頂きましたら、神様からね、●「海の底とて神の懐ぞ」と頂きました。ね。海の底とてもです。やはり、天地の親神様の懐ぞと。もう、途端に安心いたしました。そらもうほんとに、それこそ、生きても死んでも、もう天と地は、ね、わが住みかなのだ。ここより他に行く所はないのだ。しかも神様の懐の中なのだ。ね。何を言うたらば、よし、んなら、水死しておると言うても、嘆く事が要ろうか、と言う安心が心の中に広がってまいりました。その事を家内に申しましたら、家内もおかげで、安心のおかげを頂いた。それから30分程して帰ってまいりました。うん。ね。
そういう意味、「天と地はわが住みかと思えよ」と。だから皆さん、今の話を聞いただけで、確かにそうだなと分かるでしょう。天地は私どものね、もう、魂の住みかなのだ。これはもう、生死を通してから、他に行く所はないのだ。ね。だから、理屈をここんところで、あの、申しますとね。どれほど理屈を説いても、やはり、天地と言う、天地の中に地獄でも極楽でも、もしあるとするならあるのだと。生きても死んでも、天地の他に行く所はないのだと。天地の御恩恵に浴しないわけにはいけんのだと。ね。
そこで、んなら、それが本当にそうだと分からして頂くところまで、信心を進めなきゃいけないということになるわけなんです。ね。例えば、娘が海水浴から帰って来ない。「はあ、ひょっとして溺れておらんじゃろうか」と心配しよっても、ね、一言御理解を頂いたら、「海の底とても神様の懐の中ぞ」とこう頂いたら、「はあ、ほんにそうじゃった」と、それを確信できるところまで、日頃信心を進めとかなければいけないということ。ね。
ここで信心が薄かったらどうでしょう。(一応いろいろ稽古?)ができておったら。「そりゃそうくさい。そりゃあなた、海の底までって、海の底行きゃ、あなた死んでしまうとですばい」ということになってくるだろうと思う。ね。けれども、死んでも生きても、神様の教え(習わんわけにはいかん?)のですから。ね。
そこで、私が先に、今神ながらに開かして頂いた所に、なんと御理解に出ておるか、ということでございます。御理解97節を頂く。ね。「神を拝む者は、拍手して神前に向こうてからは、たとえ槍先で突かれても後ろへ振り向くことはならぬぞ。物音や物声を聞くようでは、神に一心は届かぬ」とあります。
神様に一心が届かなければね、日頃の信心が神様へ通うておらなければ。ね。例えば、どのように素晴らしい理屈を、論理を聞かしてもらいましても、何もない時に、「はあ、そうじゃな、そうどころじゃないな」ということが分かってもです、ね、分かってもです、そん時に安心ができない。ね。
日頃信心の稽古をしっかりさせて頂いておるとです、もう理屈じゃないのです。ね。「たとえ海の底とても神の懐ぞ」と頂いた途端に、私の心も、家内の心も開けてくる。「はあ、そうじゃった」ここがです、私ども夫婦が例えばです、もう神様へ向こうてからはです。ね。それこそ、後ろから槍先で突かれるようなことがあっても、ね、まあいうならば、微動だもしていなかったからなんです。
神の、ね、例えば、物音雑音なんかは、例えば聞こえなかった。ね。というのは、拝ましてもらいよる時に、例えば1時の御祈念のようにね、もうあんなふうにして、一心不乱で御祈念をいつもさして頂いとれば、間違いない。人の物声なんか聞こえはせんです。絶対聞こえん。もうああいう勢いでやっとるなら。ね。
けれども、いつもかつもそんなわけにはいけんのです。ね。ですからやっぱ御祈念中に、ジンジンと時計の音が聞こえたり、ね、後ろでゴヨゴヨ話よると「ああやかましか、静かにせな御祈念ができん」ということになってくるわけなんです。ね。
ですけれども、本当に一心不乱になったら、神様、いわゆる、人の物声どんが聞こえるようなことじゃ、神に一心は届かぬとおっしゃるのは、そういう意味だけのことではなくてね。
「此の方一心」と神様に定めて信心を始めたらです。ね。人が、とやこう言うようなことが耳に入るような事じゃダメだ、ということなんです。「あんたえらい、この頃合楽合楽っち参りよるが、ちとあんたぼうけておらんの」ち、例えば人が言うたっちゃ、「はい、ぼうけとります」と言やええのだ。人があげん笑いなさるから、まあ少しばかり遠慮しますと言う人達がたくさんあるんです。ね。
たとえ後ろから槍先で突かれるようなことがあってもが、後ろを振り向いちゃならん。よし、どういう難儀な問題が、例えば起こってきてもです、いうなら目の前が真っ暗になるような事が起こってきてもです。神様へ向かう一心は、一つも揺るがない。「これだけ信心しておるのにどうしてこんな事が」というようなことは全然、もう思いもしない。そういう信心こそ、ね、いよいよ、ね、天地がわが住みかとほんとに分かる時なんです。ね。
ほんとに私が思いますのにですね。私どもの人間の、または、魂の住まいの場と言うのが、天地より他に行く所がない、とほんとに分かったらです、ね、それこそ、海の底におっても有り難いということになるのです。ね。そこのところを、例えば、理屈で言うなら分かった。すぐに分からせられることができるけれども、理屈で分かったんじゃ弱い。いよいよの時に迷う。
そこで、自分の(図?)から行った信心でです、ほんとに分からせられる。天地の御恩恵を受けなければ、生きても死んでも、これは行けないものだということを、いよいよ分かる。だから魂のお祭りもするのである。ね。
今日、午前、午前中、御祈念の後でした。小倉の富永さん達がご夫婦、それから久留米の野口さん達ら夫婦、親子四人でお礼参拝があった。「また、あの、1時のお祭りには参拝さして頂きますけれども。とりあえず、お礼を申し上げなければならん」と言うてお礼に見えました。お話を頂いておりましてから、本当に有り難いなと思うんです。ね。
昨日、唐津の方へ、お仕事、お医者さんでございますから、出張なさった。ね。ところがその帰り道に事故があった。
おばあちゃんがね、70にもなるおばあちゃんが、もうそれ、田植えかなんか手、もう、こう汚れたまんまじゃった。もうそれこそ、こちらは、もうそれこそきちっと、その、ルールを守って運転しておられたのにもかかわらずね、そこへ走り込んで来られた。「さあ」と思たけれども、もう間に合わなかった。それで、間に合わなかったっちゃ、間に合うたからおかげ頂いたんですけれども。まあその、ちょっとこう倒れなさった。で、すぐ先生の事ですから、すぐ抱きかかえてから「おばあちゃん、あの、この近所に病院はないですか」たら、「すぐそこにあります」とおばあちゃんが言われるから、おばあちゃんを連れて、その病院に行かれた。ね。
ところがです、そこの院長さんが出て来られて、「あっ、富永先生」と言うわけなんです。自分の後輩であると同時に、学校で教えられた生徒でもあった先生だったそうです。
警察が来た。あれが来た。もう警察でも話を聞かれてから、もうこれは「私にもうお任せ下さい」ちゅうて、警察の方が言われた。「決してあの、運転免許を取り上げたり、そういうことにはなりませんから、もうどうぞ私にお任せ下さい」病院の方は「これはもう、大した事でないのですから、先生、もう私にお任せ下さい」お見舞金の後に、「いえいえ、それも私に任して下さい」ちゅう。それが、昨日お許しを頂いて、買われたばっかりの車でした。ね。
しかもね、今日のお払いの、大祓の日に間に合うようにと言うて、願われてから買われた車でした。しかも、その車を買われるまでの間のそのおかげと言うものは、また、そりゃ、どうにもこうにもできないほどのことでした。この辺ですよね、どんなにこちらは居眠りはしてない。ルールを守って運転をしておると言うてもです。さあ、突発的な事なんですからね、向こうから居眠り運転がやって来たり、ね、向こうから飲酒運転がやって来たり、ね、思いがけない所から年寄りがひょろひょろと出て来たり、子供が走り込んで来たりするのですから、例えばこれは、交通事故の事だけでもそうなんでしょうが。どうにもできないです。ね。
けれどもね、いかに、富永先生の、いわば信心をですね、神様がほんとに、お育て下さっておるかということを気付かれた。そらもう、家内の信心を通して、金光様の信心が有り難いこともだんだん分かって来た。ね。母親が入信のおかげを頂き、家内が入信のおかげを頂き、そして、それを見たり聞いたりしておられるから、金光様の信心が有り難いことも分かって来たけれどもです。
それこそ、いうならば、現在の医学の、まあ、粋を極めておられる先生ですから、ね、いわば理屈の上では、もう私どもが話すぐらいなこと以上のことが分かっておられるのだ。ね。天地の法則とか真理とかいったようなものは、もう勉強し、勉強済みなんだ。ね。
けれどもね、心から湧いてくる感動とか、ね、神様の御守護を受けておるということ。いつも神様がこうして、ご都合を御神意の中にね。私どもがおかげを、特別のおかげを受けておるということをです、もう、それを感じんわけにはいけなかった。
夕べ、久留米に見えられたけれども、夕べもそれはその話ばっかり出る。とにかく、神様のおかげを頂いておるということが、とにかく、もちろんお祭りにもお参りするけれども、その前にちょっとお礼を申し上げなければおられない、と言うのが今朝のお参りであった。
富永先生、もういよいよ本当のものになってきたですね。もう自分じゃどうにもできん。頭や学問や地位じゃできない。神様の前に、いうなら無条件降伏したような姿ですね。そうなんです、ね、これからなんです。これからがほんとの信心が頂けれるのですよ。うん。もうその事が、富永先生は、今日はうれしゅうてたまらん、と言うようなご様子でした。ね。
私のように、例えば言うならば、これはね、例えば学問を全然してない人達がですね、もう純粋に飛び込んで来る信心があるんです。世の中の全ての事を学問の面でも分かってですね、分かって「信心てこんなもんだ」と分かっておって、そして、例えば、富永先生のように、だから、先生今日は、あなたはね、もう何にも分からない、学問も分からなければ知恵もない、もう先生が赤っち言や赤。「はあ、そうですか」白っち言や白と言い、言えれるような純粋な、純な人が、ね、信心を極めて行くと同し所に立たれたようなもんですよ。そこが先生素晴らしいですね、と言うて話したんです。
先生自身もそうなんだ。もう理屈じゃないのだと。無条件なのだと。神様の前で。しかも、もう両手を上げるより他に仕方がないのだ。「障子一重がままならぬ人の身である」ということの自覚がね。もう、いよいよ、今までの信心体験を通して、今日それがね、今度のその事故によって分からして頂いたということが有り難いですね。
今朝から私も、お夢の中にね、お夢の中と言うが、私、ここに3時半に出てくるんです。朝の。そして、その4時の御祈念をそこで、待たして頂くその30分間の時間と言うのは、もう実に有り難い、もう一日の上で一番有り難い時間なんです。ですから、その時、眠るはずなんかないのですけれども、やっぱ眠ってるんです。夢を頂いたところみると。ね。
時計を前にしてから、「あっ、3時半、ちょうどおかげ頂いた」と座って、ね、そして、瞑目しながら、いろいろ、また有り難い心の中を、胸がいっぱいであった。そしてそのまま、眠っておる証拠にお夢を頂いておる。目が覚めたときにはもう、3時52、3分あった。ですから、まあ2分間ぐらいの間に夢を頂いているわけです。私は、夢の時間、一遍計ってみたいというような気持ちがあったんですけども、今日ばっかりは、そげな事でしたから、はあ、しかもそれが長い長い夢であった。
あの、「邯鄲(かんたん)の夢枕」というのがありますよね。私北京におりました時に、あの、あそこは、河北省と河南省のちょうど合い中くらいの所に、小さい、もう古い町ですけれども、ね、小さい町がございます。そこ邯鄲と言う所なんです。そこでね、あるその、まあ労働者の人がね、いわば(クレイ?)と申します。が、その、居酒屋におって御神酒、お酒を頂いとった。
ほろ酔い機嫌でそのテーブルにこうやって、かかったまま眠った。ね。それはもう、あっと言う間の、とろっとして戻ったけれども、そのとろっとした間にね、一生一大の事を夢に見たっち言う。ね。だからあの、「邯鄲の夢枕」と言うね、歌なんかでありますでしょう。ね。私もそういうわけでした。ほんとにね、ちょっと1、2分の間に、長い長い夢を見ておった。
★善導寺の親教会に、久富先生と、2番目の娘の愛子と同道してから、お、今日の大祓式のお届けに出ている。して、帰りにその、電車に乗って帰って、市内電車があるようなんです。乗らせて頂きましたら。その電車に乗り込んだんですね。そしてその電車の中で眠ってしまってるわけですよ。また。その夢の中で眠ってるわけ。電車の中で。ね。
ふっとして、眠ったと思てから目が覚めたところが、どうも、普通の所と違うわけなんですよ。見知らぬ所なんです。「あら、ここはどこじゃろうか」言ったところが、「ここは(枝光?)」ち。うん。これは予想したね。光の枝と書いてある。「ここは光の枝だ」と言うとる。
いわゆるあの、小倉の手前にありますですね。はあ、これはあの、汽車ば乗り違えとったばいの。そして、後で心の中で思いよる。昨日、祭典費の残りを、お供え物買い行った残りを7000円から、秋永先生が私に渡してあった。それを私鞄の中に入れておった。
はあ、良かった。これで乗り違えて来たばってん、この辺までも来てから、旅費のなかどんこんできなかったけれど、旅費はいけん、大丈夫と夢の中で思いよった。ね。そして「久富先生も、ほんとにせっかくここまで来らして頂いたから、小倉にお届けお礼参拝させて頂こう」と言うて降りた所が、ちょうど、小倉の手前に降りたはずのですけれどもですべ、向こうの小屋の手前でデパートが見えよる。高い。
「はあ、あの手前デパートの下が小倉の教会だ」と、その教会へ向かって急いでおるところで目が覚めた。もうそれはもう、長い長い夢であった。善導寺からずーっと久留米を通ってから、もう、北九州までも行っとるような夢であった。
そして、昨日ですね、そしてあの、あの7000円のお釣りもろたことまで、出てくる。夢の中に。はあ、これはもう、帰りの旅費は大丈夫。お初穂もある」もう夢の中で思いよる。そして降りた所が、(たまや?)がこうやって、もう見えておる。はあもう小倉は、教会はそこたいと言うて、教会に急いでおるところであった。
夕べの御祈念に、また、御祈念の後に、ね、特別のあの、(からひつ?)の中に、いっぱい御神米が、昨日、始めて昨日、一昨日、2日間がかりで、御神米の作成をさして頂いた。それも、今日あの、交通安全の事の為に、自動車にお付けになる。車に使われる為の、ものをですね、いたしましたから、その為の特別祈念が込められてある。だから、どうでも皆さん、今日のあれは、頂いて行って下さらなければなりません。あわせ、あれまた、お初穂託って(ことづかって)来たり、はらえつものを託って来とる人達はどうでも、頂いて帰って下さらなければいけません。ね。
とてもとてもですね、先程、若先生が言うておったが、ここにはね、おかげが頂けれると言うね、一つのシステムがあるんだと。もうそういう決まりがあるんだと。もう決まってるんだと。それは私と神様との間に約束ができてるんだと。助けてやれと言う。「お前の信心で助かる」とおっしゃっておられる。私の取次ぎで助かると。ね。
そういうですね、有り難い所に御神縁を頂きながら、ね、さあ、貧乏してくると、もう雲を被る。もう雲さんになりよる。これはね、どんなシステムであってもおかげを受けられん。それでは。ね。金を(下さらなかったと、?)もうそげなこっちゃダメだ。ね。もうどこか病気がある。医者が難しかる度に、頭をこうやってひねると、もう、自分の心で「死ぬとじゃなかろうか」と言うて、遺言までする人がある。
だからもうその、遺言でもですね、ほんと言うたら、遺言( ? )ばってんからもうほんとに、がっかりするて言う、する人があるとですもんね。もうそげな事はあなた、ち。ね。
もう家庭の者までが今度は、病気になるからと、ね、墓穴を掘る、て貸しをせんならんごたる事を言う。はあ、お父さんがあげな事言いよるけん。これはほんのこて死ぬとじゃろう」と思ちから、一生懸命やってから、息子で嫁子で、ね、墓の穴を掘ってかにするような結果になるのですよ。この辺がもう信心の、もう実にデリケートなところ。
そういうことを理屈で言うとですね、皆、学問した人達は皆知っちゃあるです。そういうものだということ。ね。だからもう、問題は純に「此の方の道は喜びで開けた道じゃから、喜びでは苦労はさせん」もうその、喜ばせて頂いたら、必ず喜びが喜びを迎えるんだと。信じたら信じた、信心のするところにです。ね。「神を信ずる者を信ずる」とおっしゃるように、そこにおかげを呼ぶ事ができるんだ。その信ずる心によって。そう分かっとったって信ずる心がなかったらダメでしょうが。喜びがおかげになること分かっとっても、心が喜べなかったら仕方がないでしょうが。そこで、修行が必要なんだということ。ね。
先程御祈念に、もうそれ、私その事をですね、そうやって神様はお約束はして下さっておるけれども、ね、けれどもやはり、反面、私の心の中には二つあるんですよ。「私が言うことで間違いのある事はない」と断言して言う時もある。「とてもとても私のような者が、私のような者の取次ぎで助かるはずがない」と思い、思い込んどる事もあるです。ちょっと矛盾しますけども、実際なんですよ。ね。
それは自分と言う者が分かれば分かるほどです、自分が分かれば分かるほど、自分ぐらいな者で神様がおかげを下さるはずはない。私には先達がある。先輩がある。私には、例えば、ね、三井教会の初代がある。久留米の石橋先生が、吉木先生が、そして、小倉の桂大先生のお取次ぎを日々頂いておるから、私には、何にもできない無力な私なのだけれども、(よう役に立たぬ?)私なのだけれども。ね。
桂先生のご信心お徳によって、助けられると言う確信がある。ね。そういうね、二つの、もう矛盾したものが心の中にある。そこが素晴らしいところ。
先日も私、ある方にお話したんですよ。皆さん、御祈念をしてから、ポンポンと拍手を打たれる。もう無茶苦茶に打たれてる。神様に当然ご無礼なさると私。ね。ちゃんと座ったら「ただ今から拍手を打ちます」という気持ちになって、そしてしかも、パンとこう、念を入れてから打たなきゃいけません。ね。
しかも、合掌する時に、もう天で頭をばっかり入れてから、こうやってから御祈念をする。あれはどうもね、御本部のたいへんな先生でもありましたね、高橋正雄先生と言う方があった。
それはもう、とびきり頭の良い方であった。ね。早稲田大学ができて、此の方、こげな頭なんかしたまだ、見た事も聞いた事もないというような、天才的な頭脳の持ち主であった。
こんな厚い「金光大神」をいつどこを開いても、すらすら出て来ると言うですからもう、頭の良いことある。この人が考えられるのですから、もうとてつもない事考えられるわけなんです。だから、奥城なんかに行っても、御神前でも、(?)してるから、( ? )おかげをなさらん。いつも頭を抱えてこうやって、拝むのである。それを学院生が皆真似してから、被れて来るわけです。ね。先生の信心を分からんなりにそれを真似してくるわけ。
あの(金光の先生と言うのがおったが?)私はその癖を直すのに1年間かかりましたよ。ね。あれはね、御祈念してござるとじゃないって、御神前で瞑想にふけってござるとじゃ私は。考え事してござるとじゃ。ずーっと。だから、素晴らしい事が頭に浮かんでくるわけなんですね。だから、瞑想とね、御祈念とはもう自ずと違うのだ。それにはまず、拍手から、姿勢から、ね、違わにゃいけん。
それで御神前に向こうたら、さっきのじゃないけれども、人の声を聞くような事では、神に一心は届かん、と言うような気持ちで。後ろから槍で付かれても振り向かん、と言うような、いわば、不退転の心で神様へ向かうんだ。しかもね、(この都度と出会う時?)、もう両方の手が呼び合う。それが感ずる。それをもう、(?)と合わせて行く。皆さん、これにはね、なんか磁石と言うものがあるとですよ、手の中には。
その心になりますとね、これがね、もうピタッと吸いつき合うんです。合掌し合う。これとこれが。ね。夫婦が合掌し合う。これなんです。ね。もうそれこそ、誰が何ちゅうたってこの手が外せるかちゅうことなる。ね。もうスーッとここから神様が入って来て下さる。そんな感じなんです。ね。
だから、御祈念なんかはね、頭どん抱えてから御祈念をできやせんです。だからひとつ合楽ではね、その御祈念のスタイルと言ったようなものがありましょうが。まさきさんやら繁雄さん方の御祈念がいいですね。もうほんとにその通りの御祈念ができて、形の。
形だけで終わりじゃない、そこから神様と交流してくる。ね。そういう御祈念が本気でなされる、そこに信心の楽しみと言うか、御祈念の楽しみができてくる。とても、それこそ、(勉学事科学事?)とてもこれが離れられはせん、と言うようなことになってくる。ね。ここに神様との交流がある。
そういう信心をね、日々繰り返さして頂いておらなければです。ね。「天が父なり、地が母なり」ということも分からない。ね。天地は、私どもの、生きても死んでも住みかであるということが分からない。これは理屈じゃない、もう実感で分からない。理屈で言や、まだずいぶん、これは理屈でも分からせられるんだけれども、理屈で分かったんでは、さっきと同じじゃないけれども、いよいよの時にです、ね、心が開けてこないということなんです。ね。
海の底でも神様の懐の中である。「はあ、そうだった」と心の安心になってこないのだ。それが日頃これができておらなければ。ね。
お互いが、様々な信心過程を通らせて頂いて、ね、おかげを頂いております。けれどもね、目指すところは、私はそういうような、ね、生きても死んでも天と地はわが住みかと思えよ、と言うようなところが実際に分かるだけではなくて、心でも、それが実感できれるところまで、信心を進めて行かなければいけません。
それには、御理解に、ただ今申しましたように、ね、神を拝む者は、ね、拍手して一応神様へ向こうたからば、此の方一心と心も定めたからは、誰が何と言うても迷わない。どういうような事が起きてきても動じない。ね。そういう心を鍛えながら、信心を進めて行く。ね。
金光様へお参りしてくると、こっそり参ってこんならん、といったような信心では、もういよいよダメだと。人の口がうるさいから、そんな事は問題じゃない、そういう事が聞こえるような事では、神に一心は届かんとおっしゃる。神に一心が届かなければ、ね、通わなければ、ね、そういう、ね、天地の中にあって、天地の大恩も分からん。天地が、生きても死んでも住みかであるということが分からない。もちろんだから、死生の安心というようなことは生まれない。
そこに新たな人生観、ね、死生観が自ずと変わってくる。ね。物の見方が変わってくる。ね。死生観。ね。いつお引き取りを頂いても、行く先は、やはり我が家なのだということなんです。自分の住みかへ帰るのだ。それがね、理屈ではない、これで分かる。いわゆる「有り難い」という心で分かる。ね。修行が自ずと分からしてくれる。信心が信心を教えてくれる。そういうものがです、ね、積もりに積もってまいりますところに、私は、有り難いおかげが頂けれるのだ。
去年の大祓式に、皆さん今日は来ておられますでしょうか。始めての大祓式を、これはね、大祓式と言うのは、これは神道からもちろん来たもんですね。拍手を打つというようなことでも、やはり、あの、やっぱ神道から来た形式が、金光教にも取り入れられておるわけなんです。
今年で、大祓式と言うのは、金光教的ではないので、ないから、これはもう止めるように、と言うて、もう全教の教会でそれを言われておりますけれども、やはりそこにはそこのその、しきたりがある。ね。ですから、それをなんとか、金光教的なものにして、まあ、仕えるようにと言うて、本部からは、お達しがあってるそうです。私どもは、もうそれは知りませんけれども。
だからこれは、大祓式と、ね、今日若先生が、善導寺の大祓式をおかげ頂いてから、あちらでお祝詞を買って来た。もうここで、読まんならんけん、それを写して書かせて、親先生が貸して下さった。ところが内容が違うのです。ね。
ここの場合はもうどこまでもです。ね。今日の場合はね、善導寺、あの、善導寺の場合は、あのやはり、もう、大祓式とは金光教的じゃないから、年に2回仕えられるわけですね。12月の30日とこれの30日と。それで、半年半年のお礼のお祭りを仕えられる。だから、御礼の事がずーっと書いてあるわけ。半年のお礼を申し上げておられるわけなんです。
ところがここの場合はお礼じゃないのです。ね。ここの場合はお礼ではなくてです、どこまでも祈願なんです。それも、どういうことに祈願になるかと言うと、今日の場合はどこまでも、悪疫予防の祈願であり、交通安全の祈願なのです。その大祈願祭であるから、祝詞も全然、内容を変えてこなければいけないから、書き直さしたんですけれどもね。
だから、その教会によって違う。だから、合楽はそれなんです。だから、
(途中切れる)
様々な事がそうなんです。お願いをしとるばってんどうじゃろうか。 おかげ頂き切るじゃろうか。こげな事じゃおかげにならん。お取次ぎを頂いたらおかげのになると信じて、信じれんなら修行さしてもろうて、信じれたところの信心の稽古を本気でさしてもろうて、おかげを受けてかにゃいけん。ね。
ところが、そういうような事はなべて、ね、それを信心してもなかった、半信半疑の人もあった。まあ、そげなことはなかろう。金も1000円も包んでから、ならお付き合いで頼もうて来た、(それを渡してもあった。?)それでもやはりおかげを受けたということはです、これは、やはりこれは、合楽の御威徳ということになりますね。ね。
私が去年の、ちょうど今日、神様へその事を、あの、この大祓式のことお願いさして頂きよりましたら、頂いたことがね。ちょっと忘れましたけれどもね。たまちはう、神の御徳に払われてかね。「たまちはう」ね。もうそれこそ、神様が遍満してござる。ね。もう魂が行き来しておると言うよりも、魂がここいっぱい、神様の、いわばお徳が漲っておる。そういうお徳にね、特別に清め払えができた。ね。だから、その跡形と言うものはもう、雲霧の姿もないほどのおかげが頂けたぞ、と言うことのお歌であったんですね。
実際、去年はなあんにも分からんなりにそれを、おかげを受けられた。
今年も、あの、ご案内の、それからあの、はらえつものの(皆さんが出てきてもらいます時に、?)まいりました時に、ここへお届けが来ました。その事を神様へお願いさして頂きよりましたら、頂きますことがね。ね。
■「今あるを、(お道と言わずに奉らなば?)、道に不幸の起こる事なし」と頂きました。今あるを、ね、今あるを、今月ただ今がこうあるということ。ね。「ほんとに神様のおかげで、今日こうして無事でおります」「ただ今から自動車に乗らせて頂きます」と。というようにね、この自動車に乗せて頂いとる、運転させて頂いておるということが、今あるということが嬉しいと分かって、それをやり申し上げる心。それをお礼を申し上げる心。そういう心があるならばです、道に不幸せ不幸と言うものは、ないのだということなんです。ね。
そこから私は思うのに、この神様の一番有り難いことはそこだ、とこう思うのです。ね。ならもう去年も何も分からんでいいけん、もう払い台数が今年はもう、千台でも万台でもと、ね、(に増えた。?)
そらもう全国の、そしてあの、今度あの、日本交通の、あの、トラックの8000台だそうです。これ、高芝さんのお友達の家なんです。だから、それを見て、ちょうどここでお払いをしてもらった。ここで8000台ものおかげを頂けばあなた、書くのも大ごと自分で書かせござる。そしてもう、代表だけを書いてくる。
おそらく、今日のあれに出てきておるだろうと思いますけれどもね。ね。それでもおかげを受けると思うですね、私は。ね。けれどもね、それがいつまでもそれだけでは許されないんです。ね。這えば立て、立てば歩めの親心なのだ。それが。1年経ったんだからもう、ね、どこにおっても「神様有り難うございます」とお礼の言えれるような信心が、もう育っておかなければいけないぞ、ということ。
しかもその、お礼を申し上げる、たら、災難がないの(たらんと言うのがないとね、?)そのお礼を申し上げてる、その喜びの心に、もう今度は限りないおかげがまた、約束されるわけなんです。神様はここんところを頂いて欲しい、頂いてくれよと言うておられるわけなんですよ。ね。今あるをうれしと、(いやび奉らな、?)お礼を申しておるならば、ね、もう不幸せの起こってくるはずがない。
さあところがね。私の今日、今朝の祈りの話ししましたよね。夢から覚めましてから、続きの夢を頂いた。もうそしてから、カゼひいてから、ようやくおかげ頂いて、まあ全快するほどのおかげ頂いた。ね。まあ、体大事に大事にさして頂いとるけれどもカゼひいた。
朝、ここが全部こう(とどめられておる。?)(私のこの涼しい横で入る。?)今朝から寒かった。そしたらね、その涼しい風がピュウっと吹いて来たらね、背中がゾクッとするんです。いわゆるカゼをひく前程なんです。人間はどうにもしかたがないでしょうが。どんなにカゼをひかんごと大事にしておっても、涼しい風が吹いて来たら、もう背中がゾクッとして、これが人間の実相実態なんです。ね。
神様がおっしゃるようにです、今あるを嬉しいと思うて、もうほんとにそうなんだけれども、そうではない、反対に腹を立てておる事もあるんだと。ね。忘れておる事もあるんだと。ね。
そこで私どもがですね、いわゆる、今日富永先生にお申しした通り「障子一重がままならぬ人の身である」と言う自覚に立ってです、ね、そこから、息も継がれなければおられない、祈らなければおられないと言う信心が、生まれて来るんです。ね。
ゾクッとした。これだけ、もうカゼをひいちゃはならん、( ? )これはようなりがなかなか、できんわけですね。(今後そういうこと?)だから、それだけ誰よりも、カゼひかんようにしておる、しかも、ひいておかげ頂いてばっかりの私だから、用心はこの上なくもさして頂いておるのにもかかわらずです。
さあ、もう風が吹いて来た。ゾクッとした。もう後でもう熱うなっとるんです。ね。それでもすがらなければおられない。祈らなければおられない。ね。そこに、私と金光様のご信心はあると思うのですよ。だからそう難しいことじゃないわけですね。
昨日の1時の御祈念に頂きました御神訓のね。「疑いを放れて広き真の大道を開き見よ わが身は神徳の中に生かされてあり」この疑うということが一番おかげを受けられぬ。疑い深い人はおかげを受けられぬ。「先生あげな事言うとるがほんなこっちゃろうか」と。
まあけれども、さあ、去年はおかげは受けちゃったあるわけですよね。これはもう、強引に神様はおかげ下さって、もう疑うても疑わんなん神様。これは神様の特別のごひれいであり、ご威徳なんです。しかし、そういう事はいつもかつもあるもんじゃない、と私は思うのですね。だから、信心のない信者は、「私は信心が浅い」と言ってもね、なかなか信じられんのだ、お互いに。ね。そこで、ね、信じられる為に、自分自身が、神様から信じられる私になることに努めることなんだ。
「どうも家の家内は、どうもこの頃信じられない」「どうもこの頃、家の息子は、どうも、夜遊びもせん。素直だ」「( ? )分からん」と言うて、疑うてから、疑心暗鬼、そういうことで苦しむ前に、息子から信じられる親父になることなんです、まずは。まず、家内から信用される主人になることなんです。ね。まずこれが大事。ね。
「疑いを放れて広き真の大道を開き見よ わが身は神徳の中に生かされてあり」と。広い真の大道が分かったら、真の道を歩かずにはおられない。神徳の中に生かされてあるということが分かれば、もういつもかつもが「有り難い、もったいない」と言うておかげを頂けんことはない。ね。
ちょうど先程、日曜でしたから、特別奉修員の方達の御祈念会がありました。そしてその私が頂きました。(●?)ようあの、これは信心のない所でも、あの鈍行の駅の常識なんかにあの、額に字を書いてから、額に上がっとるでしょう。額に。(平和の祭り?)ね。絶えずものが和らいでですね、仕事がスムーズに勤めれるというわけなんです。だから、「和」を大事にするというわけ。
ところがね、信心を無視にした「和」はね、本当の「和」じゃないて。だから絶対、ほんとの「和」と言うのは、真の信心が入らなければ、この「和」にはならんのですよ。
で、どういう「和」かと言うとですね。のぎ偏の口じゃなくて、木偏に口を書いてある。信心のない者がね、言うておる「和」と言うのは「はあ、あの人は和らいだ人じゃ」 「あの人は穏やかな人じゃ」「円満な人じゃ」と言うけれども、それはね、和賀心を持っとるじゃなくて、心がね。心が、口がね、いかにも和らいだような性質である、そういう生まれつきであるかもしれんけれどもね。この「和」ではね、それは、いつもイライラしとりよるかもしれん。けれども、おかげには繋がらないということ。
信心さして頂いてこそ、信心というものにちょいと付くとね、「和」になる。信心の、ちょっと信心というのが付くと、今度は「輪」になる。「輪」と言うのは、「和」に通ずる「輪」ね、「輪」「車の輪」の「輪」。車偏にこうやって書いてありますね。そういう字があるでしょう。「輪」ね。
「輪」と言う心はね、クルクルとね、回っておらにゃいかん。ね。いつもクルクル。これは、心の語源はコロコロと言うそうです。ね。そのコロコロなんです。ね。しかもコロコロとくるわけ。しかも絶対転んでも有り難い。絶対転んでも嬉しい。(蹴っても?)有り難い、(蹴っても?)また有り難い。そういう心なんです。これが、「輪」の字であり「和」の心なのだということなんです。ね。
ですからね、「おかげは和賀心にあり」とおっしゃるでしょうが。ね。和らぎ賀ぶ心にある。ね。ただ和らいでおるだけじゃいかん。それに賀びがなからな、どっちに転んでも賀べれるという心が頂く。これが、信心より他には頂けない。「わが身は神徳の中に生かされてあり」と言ったような、信心が分からなければ、こういうような事も、また生まれない。
(もちろんもともと?)神徳の中に生かされてあると分かるから、有り難いのである。ね。人が悲しいと言うて泣いておる時でも、反対に有り難い涙が流れておる。信心とは、そんなに有り難い、不思議なことなんです。不思議なことになってくるのです。ね。いわゆるそれは「和賀心」おかげのあるもなしもわが心( ? )と書いてあるんですよね。だから、額にそう書いてあるわけなんです。
これは、先程から(昼から?)申し上げましたところの、神様を信ずると言う心なんです。ね。「神を信ずる者は信ずる」と仰せられる、信ずるところへおかげがある。信ずるところへおかげを呼ぶ、いわばシステムになっておるわけなんです。だからこの二つがね、頂けて行く稽古なんです。だから限りがない。信心は。だから、おかげに限りがない。限りがない信心。限りなく頂けて行くおかげ。それは、私ども一代のことじゃない、子にも孫にも、子々孫々にまでも、それが、いわば続いて行くところのおかげ。ね。
そういうたいへんなものを頂こうとしておるのですから、お互いにね、本気で修行さしてもらう稽古ができなければ、これが頂けん事になる。ね。そこでこの「疑いを放れて広き真の大道を開き見よ わが身は神徳の中に生かされてあり」と言うから、広き真の道とはこうぞ。神徳の中とはここだと。もうそれを私どもは、もうどのくらい説きもし、または、聞いて来たか分からない。もう理屈で言や、もう、そげん(?)説かれる。ね。真の道とは、こういうものを真の道と言うのぞと。わが身がは神徳の中に生かされてあると、神徳の中、神徳の中でしょうが。頂いておるこのお水一杯だって、神様の徳なしには頂けんのだ。たばこをのむでも、一本のマッチすらがですね、あの火のピン一つが、神様の、これはお徳の現れだ。吸うておる空気も神様のお徳なんだ。ね、だから理屈を言えば、ほんにそうだと思うんです。ね。
ところがです、わが身は神徳の中に生かされてありということが分かっただけではね、これがおかげになってこないのですね。そこで、こういうふうに、それ自体に御理解下さってある。まず、めでたくなれと。「あれ、ちっとは、めでたいとじゃなかじゃろうか」ね。まあ、馬鹿んごたるあるわけです。「ああした者は、めでたくできておる( ? )できておるもんだから」とこういうわけなんです。ね。
まずめでたくなる稽古をしなきゃいかん。即ち、馬鹿とあほうになること。「疑いを知らない私」になること。ね。これはおかげを頂いていく為に、どうでも、純粋にね、疑いを、少なくともね、少なくとも親先生の言われることには、信じて疑わないと言うところまでは、(外していかなければ。?)ね。
今朝から、まあ話したんですけど、今日高芝さんが、ある(息子の?)就職の事でお届けがあった。(今朝もおらんやったから?)世話になった。ね。だからお伺いしたところが「それは右がいいですよ」とはっきり頂いた。頂いたことがない。さてどうも、相手が末永さんじゃったから心許ない、いわゆる疑うておる。ね。
そこで( ? )今度こちらに来てから、お伺いした。ところが、なかなか頂かんのですよ、私が。もう、すぐ頂けることだけれども頂かん。それでなお推して、頂きましたら、やはり、右が良いと頂いた。
そしたら、先生実は、末永先生にお届けした時も、途端に末永先生になってる。「末永先生にお届けさして頂きましたら、やっぱ親先生の言うた通りに言わっしゃった」「あなたね、そげなことしとるから、いつまでも頂けますか」ち言うた。ね。ですからここは、末永先生であろうが、誰であろうワラ人形座っとったっちゃですね、生神金光大神おわしますと、やはり、信じて疑わないこと。
赤い物でも、親先生が白とおっしゃったら、「はあ、ほんにこれは白ですね」と言えれるような、素朴な純粋さが信心には必要なんだ。ね。それをだんだんだんだん、信心をさして頂いておると「ほんとに馬鹿とあほうになったんじゃろうか」と言うごと、抜けた事になってくるです。だからもう、抜けた事なるごといかんならね、やっぱあの、信心してはいけません。
もう、どうでんこうでん利口もんになろう、賢いもんになろう、偉い者になろうじゃ信心はダメ。もう馬鹿になる事なんだ。もうこの人のこの、ほんとの不幸せはですね、信心のある者とない者を(はかりに行ったらですね。?)(格別?)賢くなろう、偉くなろう。だから勉強もさせよう。ね。だから、仕事の事、身に付けさしとこう。ね。
ところが信心は反対。もう馬鹿とあほうになる稽古なんだ。だから、馬鹿とあほうに( ? )馬鹿の先生てことになるとですよね。うん。けれども、全然その焦点が違う。そしてなら、50年なら50年経ってみて、いわば、終着駅に近付いてから始めて分かることは、いかに、馬鹿とあほうで過ごしてきた人が幸せかということが分かる。もう遅か、若い時。ね。ですからお互いが、もう本気で、私どもは、その馬鹿とあほうにならせて頂く、本気でまず、めでたくならにゃいけん。
昨日、久留米から石橋さんて方が(よし参って来た。?)この方はもう、私はほんとに、友達が参ってきてくださると思いますけれどもね。基本的に腹の立つ人ですね、この人は。そらもう、主人やら嫁さんやらのもう、言うたらもう「あんた達黙らんね」もうそれが、御神縁の始まりだったんですけれどもね。それを昨日お参りしてみえれおられるんですけど。
先日、もう腹の立って腹の立って、それこそ(こんこん晴れんごたる・?)あの、腹の立ってくると頭から煙の出るごとなるとですね。私始めて聞いた。やっぱこの燃えてござるからね。それからもう、それこそ、この信心を(今日から進めて?)一生懸命「金光様金光様」で光橋先生とこへ駆け込んだ。ね。
「石橋さん、親先生にそげなこと言いなさんな。成り行きを大事にしろ、成り行きを大事にしろと、あれほどおっしゃるじゃないですか。これは既に成り行きでしょうが。ここば大事にせないかんですよ」と言うて、言われたから、本人、(それもそうけん?)と思いました。
4月にちょうど、(昨日のぐあい?)1日だった。( ? )ちから、文句があった。それが帰ってから、「早よ、お母さんすいかおあがんなさい」さっきからもう、( ? )食べた事にしよったけん、いよいよ、(あなたが持ってるだけでいかんごたるござる。?)まあ後から食べるけんでち言うと「さあさあ、おばあちゃんに半分とっときなさい。こらもう、こっちの方おばあちゃんの分」て、もうかつて嫁は、そんなこと言うたことなかったっち。
それば聞きよる間にですね。もうほんとに、おかげに頂くということを、この頃、三遍に一遍ぐらいは体験する。そういう体験をする。ね。それでも、おばあちゃんに半分とっとくのがおかしかったり「こげん半分もどうして食べ切んの」ち言うてから、言うたら、笑い出してから「そんならおばあちゃん、後で二人で頂こう」と言うて、嫁が言うてくれたから、まあ、嫁と二人で頂いた、とこういうわけなんです。ね。
今までかつて、嫁がお母さんに、そんなこと言うたこともなかった嫁子がです、ね、言うならば。それが石橋さんに言わうですね、自分だけは知らんのです。けれども、こっちの方( ? )そんなふうにまあ、聞こえていたのかもしれない。ね。食べるって言うたっちゃ、かえって腹の立つこと、やっぱあるごたる人です。
ところが信心の稽古してね。それが、三遍に一遍ぐらいは、そういう体験が生まれてくるようになった。「石橋さんおかげ頂いたな。後まあ一押し」と言うて私、今日は、まあ、それこそ、( ? )申します、教えませんでした。ね。もう一押し、もう一押しここで頑張らせて頂け。そうするとね、少々もう、もうほんとに( ? )もうおかげが繋がってることと繋がってること(?)ね。
これはもうほんとに、有り難いことになってくるである。ね。ですから、おかげ頂くけん喜ばにゃわけじゃないけども。ね。そういう有り方にならせて頂かないとです、いつまで経っても真の道が分からないから、何十年信心しておっても、真の道を分からない信心ばっかりしておる。ただ御利益御利益だけの信心に終わってしまう。神徳の中に生かされてある事が分からんから、ね、どこででも有り難いというふうになってこない。ね。
そこで御理解に、日が暮れたら大晦日と思い、夜が明けたら元日だと思うて、日々うれしゅう暮らせば、ね、真の道も神徳の中に生かされてあるということも、自ずと分かるものである、と御理解下さってある。これはね、私の今日頂いた御理解。ね。
ですから、いかにその元日の心、大晦日の日のような思いというようなものはですね、日常生活の中に大事なんだ。ね。ということが分かりますですね。
お互いの1年間、(本気にならせて頂いて、?)ほんとに無事息災、悪疫の、の中からもです、ね、病気に患うこともなしに1年間おかげを頂いてきた。ね。交通の事故も起こるようなことなしに済んできた。ね。ほんとに有り難い事である、と言うこの有り難いという心を、ね、これからのまた1年間にかけなければいけない。そして、「今あるを有り難い」と言うを分かる信心。有り難いと思うたら、祈り奉らしてもらう信心が、ね、お礼参りの信心が(頂けねばいけない。?)ね。そのお礼参りの信心が、また帰りには、お土産を頂いて帰れるというおかげに繋がって行く。ね。
今あるをうれしと祈り奉るならば、道に不幸の起こることはない。ね。それでもやはり、ね、瞬間(2本?)の隙間から、ね、間風が入ってくる。でその時に、例えば災難が起こる。ね。起こるけれども有り難い。信心はそこが有り難い。ね。もう、どんなに考えてもです、日頃の信心、お徳と言うものがね、子のような神様の御守護の中に、こういう御神徳の中に、こういうお守りを受けておる中に、この事故があっておるんだと実感されたところに、富永先生の感動があった。
( ? )の言う所にです、そら有名なお医者さんですから、そら、誰よりもそらありましょうけども、自分の教え子が、自分の後輩が、しかもそのおばあちゃんが「あそこに自分の後輩がおるけん、あそこの病院へ連れて行こう」ちゅうだけじゃなかった。おばあちゃんがそこに行かっしゃった。そしたら、「はあ、富永先生、もう私に任して下さい」警察の人達も、警察が「どうぞ私達に任して下さい。運転免許取り上げるようなことはいたしませんからご安心下さい」と。それでまた、まいりなさったら「いいえ、もう来なさらんでようございます」というようなおかげになって来た。ね。
ご信心を頂いていますと、そこが有り難いです。だからですね、どこにお粗末があるやらご無礼があるやら分からない。やはり、お詫びの信心が本気でできなきゃならないと言うのが分かります。同時に、それで良いと言うのではない、どこまでも、私の心からね、絶えず金光大神を心に感じさしてもらい。ね。お礼を申させて頂くような信心が、どうでも大事なんです。ね。
神を拝む者は、拍手して神前に向こうてからは、たとえ槍先で突かれても後ろへ振り向くことはならんぞ。物音や物声聞くようで、神に一心は届かぬ。これは御祈念の時の姿だけではない、私ども日常生活の中に、少し信心に熱が入ってくると、神様のお試しである場合もある。ね。
「こげんお願いしよるばってん、(?)じゃった」と言うて、例えば、そのくらいの事で、(まぶいては?)ならん。(動く槍で?)ここ突つかれよるようなもの。それでも心は動かない。これはまだ、私の信心が足りぬからだ。これは神様のご都合に違いはない、とそう確信さしてもろうて、信心を進めて行くうちにです。ね。
今日、今日の御神訓、ね「生きても死にても天と地はわが住みかと思えよ」と言うような、たいへんな事が分かってくる。一遍お道の信心をさしてもらったら、究極のところはね、こういうところが分かる事だと思うんですよ。ね。ほんとに、生きても死んでも天と地はわが住みかと思えよ。
どういう中にあっても、ね、どういう心が不安心配であっても、お取次ぎを頂いたら、その場で心が明るうなる。そうだったと分からしてもらえれるところまでね、お互い信心を進めとかなければいけんと思うのです。
(途中切れ?)
明渡 孝